RW-Z,エンジンジンバル,太陽輻射圧によるはやぶさの 3 軸制御を國中先生が解説

今週配信された ISAS メールマガジン 151 号(8/16 現在,まだバックナンバーは公開されていません)で,國中先生がはやぶさの驚異的な姿勢制御方法を詳説しておられます.しかもなんと!國中先生による AA 付!!(箒にイオンエンジンがついたなかなかシュールな図ですw)

★01:はやぶさ「逆さ箒」の術

 ISAS國中です。「箒(ほうき)」と「悪ガキ」の話から入ります。

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 悪ガキの頃、掃除をサボって、箒を逆さまにして、柄の先を手の平に載せ
て、オッとっと、、、とバランスを取りながら行ったり来たりー、なんて遊
びをしたのは、僕だけじゃないですよね(!?)。どんな風にしたのか、
思い出してみましょう。(やった経験のない皆様は想像してみてください)
バランスをとっただけで、静止していたければ、箒の重心の真下に手の平を
置きます。右におっとっと、と行きたければ、重心より左に手の平を移動さ
せて、ワザと箒を右に倒れ気味にさせて、その速さに合わせて、歩みを進め
れば、首尾よく右に進めます。左へも、前にも、後ろにも、以下同様です。
今は、「はやぶさ」はこれと似た方法で推進と姿勢制御を同時に行っていま
す。箒がはやぶさ探査機本体、箒を支える手の平がイオンエンジンに置き換
えて考えてみてください。

 地球から小惑星までの往路では、本来の設計(宇宙技術のセオリー)通り、
強力なアクチュエータにて探査機を3軸姿勢で維持した上で、イオンエンジ
ンの推力の大きさと方向を調整しながら、軌道変換を実施していました。
並進力以外に、イオンエンジンが発生する回転力(トルク)は、姿勢保持に
対しては外乱となるため、これをアクチュエータで押さえ込んで運用しまし
た。ところが、表面着陸・離陸の過程で複数の故障が発生し、姿勢制御アク
チュエータが使えなくってしまいました。そこで復路では、それまで外乱で
あった回転力を積極的に探査機の姿勢制御や維持に振向けることにしました。
まず、リアクションホィール1台を作動させて、探査機のスピンを止めます。
次に、イオンエンジンの推力方向調節により姿勢制御を行います。イオンエ
ンジンは、±5度傾けることのできる台(ジンバル)に搭載されています。
姿勢を変更せずそのままステイする場合には、イオンエンジンの推力方向が
探査機の重心を貫く位置にします。推力方向が重心を逸れる配位にすれば、
回転力が発生し探査機の姿勢を変更することができます。(箒と手の平の例
えでは、「右に進む場合には、手の平を左へ」と書きましたが、「はやぶさ」
ではリアクションホィールのジャイロ効果が作用するので、傾ける方向と移
動の方向は一致しないことを追記します。)

 さてここで大きな問題が立ちはだかります。姿勢制御は、3軸分行わなく
ては完成されません。リアクションホィール1台とイオンエンジンでは2軸
分の制御能力しかなく、推力軸周りに探査機の姿勢を動かすことはできませ
ん。冒頭の例に立ち戻ると、手の平の上に乗せた箒をその柄の周りで回転さ
せ、任意の位置で止める荒技といえるものです。そこで登場するのが、太陽
光圧力です。光に押す力があるとは、信じられないかもしれませんね。その
力は僅かで、地球の位置で1平方メートルの面積に働く力は1mg(ミリグ
ラム)程度です。イオンエンジンによる制御によって、探査機の姿勢を太陽
から傾けると、太陽光圧力の作用軸を重心から逸らすことができ、計画的に
回転力が発生します。差詰め、箒に当る風の力を利用しているということに
なりましょう。こうして、リアクションホィールによる1軸、イオンエンジ
ンによる1軸、太陽光圧による1軸、合計3軸の姿勢制御が揃います。しか
し、太陽光圧力は、はやぶさ探査機の表面反射率に左右されますが、その程
度は未知でしたから、実地に経験を積んで「姿勢制御術」を習得しました。

 今行っている推進と姿勢制御は、なにも「はやぶさ」の特殊事情に対応す
るためだけの緊急避難措置ではありません。今後、木星に到達する長距離宇
宙船を、日本国単独の技術で達成しなければならないと私は考えています。
その一例が、大型膜面太陽電池をスピン展開し、大面積で太陽光を集め、
これを電力に変換し、イオンエンジンをドライブする「ソーラー電力セイル」
です。膜面の展開、姿勢維持、スピン速度調整、等には太陽光圧を積極的に
利用しなくては成り立ちませんから、その良き練習台(テストベット)なの
です。

 「はやぶさ」を倒さず、うまく地球にまで届かすために、悪ガキの頃に鍛
えたあの逆さ箒の術が、この年になって、宇宙の彼方でお役に立つとは思い
もよりませんでした。


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  /IE\    −−/
 /\  /  Back to the Earth
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 / /
  /Ion Beam Jet

(國中 均、くになか・ひとし)

当初の使い方をされているのは Z 軸まわり(ハイゲインアンテナに垂直な軸)のリアクションホイールのみ,あとの 2 軸の制御は全く想定されていなかった方法で行っています.なんとも俄かには信じがたい神運用ですが,やすやすと姿勢制御をやってのけるチームには恐れ入ります.しかも記事中にあるように太陽輻射圧は探査機の反射率や形状の影響が大きく相当難しいはずで,積極的に姿勢制御に利用した例は確か世界でもほとんどなかったと思います(ええと,どんな例がありましたっけ?忘れてしまいました).今後期待されているソーラセイル制御の実地試験にもなっているということで,工学試験衛星としては 200%,300% の成果を挙げていると言ってよいでしょう.「ひてん」が日本の探査機の軌道制御技術を向上させたように,はやぶさもまた軌道・姿勢制御技術を一気に世界の最先端のさらにその先まで押し上げているといえます.

逆さ箒というと制御工学の分野では「倒立振子」として有名ですね.確かフィードバック制御は時間遅れがあると格段に難しくなるというような話を大昔に聞いたことがありますが,深宇宙探査機の場合は数分〜数十分というとんでもない時間遅れと長い時定数があるはずで,地上系をループに入れて制御しているとすればすごいことですし,あるいはもし探査機側だけで自律的に制御を実施しているとすればそれはそれで大変素晴らしいことだと思います.


追記:せっかくの AA が崩れるので pre 記法にしました.


追記(2007-08-21):バックナンバーが公開されました.