はやぶさ「こんなこともあろうかと!」真田運用の数々

追記:すばるさん,しきしまふげんさんのまとめが素晴らしいです.先に読むべきです.

前エントリでも触れましたが,今回の報道ではやぶさの「こんなこともあろうかと!」という技術者の「変態力」(といっても褒め言葉ですよw) の数々が大変な盛り上がりようです.

実際,「こんなこともあろうかと!」な用意周到なエピソードも数多いのですが,他にも想定外の事態にあり合わせの材料で対処してしまうアポロ 13 的な事態も枚挙に暇がなく (むしろこっちのほうが技術者的には燃える?),今回取り上げられていない中にもこの手の超絶運用炸裂のエピソードも多いので,動画を見たけどよくわからなかったという人のためにも,ざっとまとめてみます.

まあ,そもそも「3 億キロ離れた直径たった 500m の小惑星に行って石や砂を拾って帰ってくる」というミッションそのものがとんでもないですが.

RW 1 基目故障→残りの 2 基と化学スラスタで姿勢制御

2005 年 7 月 31 日,イトカワ到着を目前にして突然リアクションホイール (RW) 1 基目が故障.RW は宇宙機の姿勢制御に使うはずみ車で,X,Y,Z の3 方向の制御のために 3 台必要なのですが…化学スラスタ (ガスを噴いて姿勢制御を行う装置) との組み合わせで姿勢制御を達成.まあここまでは想定の範囲ですね….

なお、2005年7月31日に「はやぶさ」探査機は、リアクションホイール(姿勢制御装置)3基のうち1基が故障し、2基による姿勢維持機能に切り替えて飛行中ですが、「はやぶさ」プロジェクトチームは、当初より2基の運用も想定していたので、運用に支障はなく、小惑星近傍での一連の科学観測とサンプル採集は可能であると考えています。

RW 2 基目故障!→残り 1 基と化学スラスタで姿勢制御を敢行

2005 年 10 月 2 日,イトカワに到着して観測を行っている最中,またしても RW 2 基目が故障! この RW はアメリカ Ithaco 社という企業のもので,はやぶさで 2 基,かぐやでも 2 基が故障したという曰くつきの代物なのですが…まあともかく,3 基中 2 基が壊れた時点で,普通は着陸をあきらめるものですが,残りの 1 基と化学スラスタで姿勢制御を敢行.ただしやはり RW に比べて精度は出ないらしく,小型ロボット「ミネルバ」を着地させられなかったのも RW による精密な制御ができなかったからですね….惜しい話です (しかしミネルバそのものはSONY VAIO のカメラを載せるなど民生品満載のわりに完璧に動作して,たった 1 枚はやぶさの写真を撮って送ってきました.健気ですね…).

探査機の小惑星近傍での操縦 (航法、誘導) に関しては代替手段があり、目下の運用には支障はありません。

着陸可能地域が狭すぎる!→NT スペースシステムの技術者が超短期間でソフトウェアを開発

到着したイトカワは当初の予定を裏切り岩だらけで,着陸可能な平らな地域がわずかしかありません.それでも,位置を解析するソフトを直前になってメーカの技術者が超短期間に開発!すげー.

画像からイトカワの特徴点を捉えて位置を解析するソフトを、2時間とか1日でGUI込みで組んでしまう、自分なんかからしたら、それこそ ネ申 な技術者たちがいる、と。

驚いたのは、試行もあわせて5回降下を行ったうち、3回目まではまったく成功の見込みがたたなかったということ。比較的平坦な地面=ミューゼスの海が狭すぎるので誘導が困難だったとのこと。そりゃミネルバ投下も失敗するわ。

ぎりぎりになって解決できたのは、川口PMも到底できるとは思っていなかった障害物を認識しながらの自律誘導を、メーカーの技術者が超短期間に開発したため。すごいぞNTスペースシステム。メーカーの技術者が着陸を可能にしたのね。

燃料が漏洩し,姿勢が乱れて通信状態が悪化!→イオンエンジン用のキセノンガスを生で噴射すれば姿勢制御できる!→急遽ソフト書換え

2 度目のタッチダウン直後に発生した燃料漏洩により,姿勢が大幅に乱れたはやぶさ.2005 年 12 月 3 日にはアンテナの向きが地球からかなりずれ,危険な状態になったため,なんと翌日にイオンエンジンの燃料であるキセノンの生ガスを中和器から直接噴射して姿勢制御に使うという超絶技を繰り出した! イオンエンジンを点火してその噴射を使っているのではありません,燃料そのものを,本来ありえないところから噴射して制御しているのです.しかもたった 1 日でソフトウェアを書換え….

緊急の姿勢制御法として、イオンエンジン運転用のキセノンガスの噴射による姿勢制御法の採用を決め、ただちに運用ソフトウェアの作成を開始しました。12月4日には、このソフトウェアが完成し、実際にキセノンガスの噴射によるスピン速度の変更が試みられ、同機能の動作を確認しました。

的川 歴代の探査機の中でこれだけロバストな探査機はないです。七転び八起きです。プロマネの信念がチームをささえている、と私は思います。

さらに姿勢が乱れ通信途絶!→待っていれば姿勢が安定するように設計してある.はやぶさの方から通信が来る!→1 ヵ月半後に通信来た!

2005 年 12 月 8 日,さらに姿勢が乱れ,ついに通信が途絶….この時ばかりは管理人も最悪の事態を覚悟していました.しかし,こんなこともあろうかと! 回転運動は次第に収束するように設計されており,1 年以内に 60% の確率で通信が復旧すると予想されていました.

はやぶさ」探査機は、受動的にも安定となるよう設計されており、現在のコーニング運動は、最終的には +Z軸まわりの純スピン運動に収束していきます。

はやぶさ」の軌道の不確定性を考慮しても、むこう半年から1年間の間は、臼田局のアンテナをイトカワに指向させることで、探査機をビーム幅内に捕捉できるはずで、この間に探査機を見失う可能性はごく少ないものと考えられます。

累積確率が示すように、ほぼ2006年の末までに60% 以上の確率になることがわかります。

そしてついに 1 月 23 日にビーコンを受信! 1 ヵ月半で通信が復旧したのですね.

通信回復したけどコマンドが通りづらい!→探査機の自律機能を駆使して状況を把握,キセノン生ガスで姿勢制御して通信状況を改善

何とかビーコンを受信したのは良いのですが,アンテナが変な向きを向いているようで,このままではいつまた通信途絶するかわかりません.非常に限られた通信回線の中で,運用チームはスピン周期に同期したコマンドの送信を行ったり,「1 ビット通信」と呼ばれる手法を駆使して探査機の状況を把握.さらにまたもキセノン生ガスで姿勢制御.このキセノン生ガスというのもまったくありえない運用ですね.

当初、探査機への指令(コマンド)は非常に通りづらい状況にありましたが、間欠的な指令を繰り返して送出する工夫などを行い、1月26日からは、探査機の自律診断機能が、地上管制センターからの質問に、送信周波数を変えて逐次回答するようになり、探査機の状態が僅かずつながら明らかになってきました。

イオンエンジン駆動用のキセノンガスを用いて太陽方向(地球方向に近い)への姿勢変更制御を実施することにしました。2月6日には地上からの新たな姿勢制御プログラムの書き込みを行い、1日に2度ほどの速さで太陽方向に探査機のアンテナ方向を向かせるべく姿勢変更の運用を行ってきました。

週刊ポスト 喜びの声を聞きたいです。1月23日のビーコン取得と、テレメが取れたという時。

川口 信じられなかった。予想よりもずっと強い電波で入感してきたから。運用担当者も「本当かどうか分からないので、地上のアンテナを振って、本当にはやぶさの方向から来ている電波なのか確認してみた」と報告してきた。当日は半信半疑、翌日再度確認して、電子メール交換で全員歓喜した。スピン速度は 1周50秒から1分程度で、電波の強弱がこの周期が起こる。1分のうち20秒だけコマンドを受けてくれるという状況だった。その20秒に、うまくコマンドが到達するように地上側で工夫した。

少しでも条件の良いスピン位相の中でアップリンクをスイープしてコマンドを送信するということを実現するよう、地上系ソフトに変更を行い、これにより通信回復を成功させた。また、通信回復直後はテレメトリが復調できないため、DHUの汎用自律化を駆使して、探査機の情報を入手した。

カプセル蓋閉めに電力が要るが,バッテリは過放電して爆発の危険→バイパス回路がバッテリの一部を生かしておいてくれた.これを使って再充電だ!

イトカワのサンプルを封入したカプセルの蓋を閉めるには電力が必要です.しかし通信途絶の間にはやぶさのバッテリはほとんど瀕死の状態になっており,充電すると危険な状態になる可能性がありました.

しかし! 運用チームは瀕死のバッテリのバイパス回路に流れるわずかな電流を見逃しませんでした.

動画では「古川電工のおっちゃん」とありますが,古河電池,NT スペースと JAXA 曽根さんのアイディアの結晶ですね (以下の ISAS メールマガジン「宇宙の電池屋」参照).

プレスリリースも非常に詳しいのですが,

バイパス回路を意図的に動作状態にすることにより、バイパス回路からの微弱な供給電流を活用して健常なセルを充電できることが分かりました。

読み物としては「宇宙の電池屋」曽根さんの文章は必読!まさにエネルギー充填120%!!

「思い違いをしていないよね。あの子は、いまさら悪さをすることはないでよね。」
「ええ、安全は、安全だと思います。でも、とうとうバッテリは死ぬんですね。」
「はい、よくがんばりました。使命は果たしました。初めてのリチウム電池、古河さんの技術は流石でした。ご協力ありがとうございました。」
 大げさに聞こえるかも知れませんが、目頭が熱くなりながら電話を切りました。

「さすが、リチウム電池ですね。副反応が少ないので、ほんのわずかな電流が電池を充電させていたんだ。」
「バイパス回路をDisableにしたときに、この微小充電電流による電圧のクランプがなくなったから弱っている電池の電圧が明確に顕れたんですね。」
「これ応用したら電池を再充電できるかも。電池を殺さずに残しておくことが可能かも知れないですね。」

「本当に安全なんだな」
「大丈夫だと思います。はやぶさからすれば『通ってきた道』です。はやぶさは通信が途絶していたときに、勝手にバイパス回路をEnableにして7個の電池を生かしておいてくれました。その後に放置した間、時間とともに電池の状態は変わってしまいましたが、これまでの試験の結果から考えると大丈夫だと思います。」

地球帰還開始!でも化学スラスタが全損してるから姿勢制御できない!→残った RW,生キセノン+エンジンジンバルに太陽光圧で姿勢制御だ!

これこそ,有り合わせ運用の真骨頂とでも言うべきでしょうか.RW は 2 基が故障し,イトカワ着陸時に活躍した化学スラスタも通信途絶時に全損…しかし,使えるものはなんでも使う運用チーム,今まで使っていた生キセノン (エンジンジンバルを動かすことで噴射方向の制御も可能) に加え,さらに太陽の光の圧力まで使って姿勢を制御という超絶技巧姿勢制御を編み出した.太陽光圧の利用は,まさに世界でまだ誰も成功していないソーラーセイル技術そのものではないですか.

表面着陸・離陸の過程で複数の故障が発生し、姿勢制御アクチュエータが使えなくってしまいました。そこで復路では、それまで外乱であった回転力を積極的に探査機の姿勢制御や維持に振向けることにしました。
まず、リアクションホィール1台を作動させて、探査機のスピンを止めます。
次に、イオンエンジンの推力方向調節により姿勢制御を行います。イオンエンジンは、±5度傾けることのできる台(ジンバル)に搭載されています。

さてここで大きな問題が立ちはだかります。姿勢制御は、3軸分行わなくては完成されません。リアクションホィール1台とイオンエンジンでは2軸分の制御能力しかなく、推力軸周りに探査機の姿勢を動かすことはできません。冒頭の例に立ち戻ると、手の平の上に乗せた箒をその柄の周りで回転させ、任意の位置で止める荒技といえるものです。そこで登場するのが、太陽光圧力です。

こうして、リアクションホィールによる1軸、イオンエンジンによる1軸、太陽光圧による1軸、合計3軸の姿勢制御が揃います。しかし、太陽光圧力は、はやぶさ探査機の表面反射率に左右されますが、その程度は未知でしたから、実地に経験を積んで「姿勢制御術」を習得しました。

今行っている推進と姿勢制御は、なにも「はやぶさ」の特殊事情に対応するためだけの緊急避難措置ではありません。今後、木星に到達する長距離宇宙船を、日本国単独の技術で達成しなければならないと私は考えています。
その一例が、大型膜面太陽電池をスピン展開し、大面積で太陽光を集め、これを電力に変換し、イオンエンジンをドライブする「ソーラー電力セイル」です。膜面の展開、姿勢維持、スピン速度調整、等には太陽光圧を積極的に利用しなくては成り立ちませんから、その良き練習台(テストベット)なのです。

ほとんどチートと言ってよいウルトラE級の技をひねり出すことで、満身創痍のはやぶさを3軸姿勢制御する方法をチームは確立した。これが2007年の4 月。この手法が実際に使えそうであることを確認し、はやぶさの姿勢制御プログラムをこの超裏技方式に書き換えてから、はやぶさをスピン安定モードにしてこれまで「冬眠飛行」させていた。今回1年4ヶ月ぶりに、冬眠前に練習しておいたこの超裏技を使って姿勢制御を行いながら、イオンエンジンを吹かして地球へ帰る旅を始めますた、というのがあのプレスリリースの一文の意味なのです。光圧を宇宙機の姿勢制御に使うなんて聞いたことねーよ。しかもこういうのをいちいち説明しないところがかっこいい。

この様子 5thstar さんの翻訳によって海外でも知られるところとなり,海外宇宙ファンも大興奮した様子は以下で紹介したとおりです.

イオンエンジン 4 台中 3 台が単独稼動不能!→2 台のイオンエンジンの中和器とイオン源をニコイチで動作だ!そのためにダイオードを仕込んでおいた!

そして今回の真田運用です.もはや多少の裏技では驚かなくなっているはやぶさスレ住人や管理人も,これには唖然….

スラスタAの中和器とスラスタBのイオン源を組み合せることにより、2台合わせて1台のエンジン相当の推進力を得ることが確認できました。

國中 はやぶさは、設計時の重量制限が厳しかった。色々考えた末にダイオードひとつを追加するだけで今回のような運転が可能な電源回路を組んで搭載した。


毎日 こういったトラブルを想定して回路を積んだのか。

國中 そうだ。

なんと,そこまで考えていたのか….

帰還時は本体も大気圏突入の可能性!→最後のご奉公だ!突入データは小惑星衝突予測システム開発に生かされる

もともとの予定では,サンプルの入ったカプセルを地球に投下後は気ままな太陽系ぶらり旅に出るなんていう噂もあったはやぶさですが,化学スラスタなどが使えない今となっては,探査機本体も大気圏突入の可能性が出てきました.しかし,最後までその死を無駄にしないのが運用チーム.なんと,そのデータを将来の小惑星衝突予測システムに役立てるというのです.

システム開発に取り組む宇宙航空研究開発機構は「地球の安全に貢献するためにも無事帰還を」と、新たな役割に期待を込める。

今回の計画は「はやぶさ」の当初のミッションには含まれていなかったが、宇宙航空研究開発機構JAXA)の科学者たちは最近になって、消滅する運命にある探査機の帰還を最大限に活用することを決断した。

こんな超絶技巧も,はやぶさで一朝一夕で生まれたものではありません.過去の衛星や探査機,なかでも,はやぶさもかくやのトラブルに見舞われながらも火星を目指して飛び続けた探査機「のぞみ」で得られた経験値のなせる技でしょう.予定の増速を得られなかったのぞみが何とか火星に到着できるアクロバティックな軌道を苦労の末に見つけ出したり,ショートした箇所を焼き切るために 1 億 3 千万回の電源オンオフコマンドを実行したり…その経験によって,まさにはやぶさは生かされているのでしょう.「のぞみ」の超絶的な運用を知りたい方は,以下のサイトや松浦さんの著書「恐るべき旅路」がお勧めです.

恐るべき旅路―火星探査機「のぞみ」のたどった12年

恐るべき旅路―火星探査機「のぞみ」のたどった12年

…と真田運用をマンセーしたエントリになってしまいましたが,本当は,こんな無謀な運用がデフォルトになってはいけない.何事もなく平和にミッションができれば一番なんですよね.実際はこんなドラえもんのポケットのように解決策がほいほい出てくるわけではない.追い詰められ,悩み抜いた末に命を削って編み出した方法も多いはずです.すごい!真田運用をもっと見せてくれ!なんて単純に礼賛するようなことは本当は言ってはいけないわけです.

しかし,それでもやはり,今はやぶさという探査機が地球に帰還しようとしていること,その陰には多くのトラブルを乗り越えた技術者たちがいることを知って欲しい,そしてやっぱり真田運用は見ててどうしても燃えてしまうんです.その勢いでこのエントリを書いてしまいました.まあ,イオンエンジン耐久試験をパスするたびに波動エンジンシールを貼っているような方々のことです.きっとわかってくれることと勝手に期待していますw