「宇宙へのパスポート」

祝・星雲賞受賞ということで.同じく星雲賞受賞の野尻先生の「大風呂敷と蜘蛛の糸」と迷ったんですが,最近野尻作品の紹介が続きましたので今回は笹本先生のほうにしましょう.

宇宙へのパスポート―ロケット打ち上げ取材日記1999‐2001

宇宙へのパスポート―ロケット打ち上げ取材日記1999‐2001

宇宙へのパスポート(3)

宇宙へのパスポート(3)

以下,ネタバレ含みます.


ノンフィクション部門としての受賞ですが,なにげに実用書としても第一級という稀有な本.ロケット打上げ見学のマニュアル本として不動の地位を築いているのではないでしょうか? このシリーズがきっかけで打上げを見に行くようになった人も多いだろうし,初めて見学に行く人にはもちろん必携です.それまでも打上げを見に行く人はいたと思いますが,どこに注目して見学すればよいのか,どんな裏話があるのか,町の様子はどうなのか,といった情報を詳細に提供し,打上げの瞬間だけを報道するメディアだけではわからなかった「打上げに至るまでのシーケンスを追う楽しみ」「リフトオフに向けて当事者と観客がともに盛り上がっていく醍醐味」を読者に知らしめた.そういう意味で本書は,ロケット打上げに対する一般人の意識を変革し,最近注目を浴びている工場萌え同様あらたな文化を創出したといえるかも知れません.

同時に,宇宙開発の現場を丹念に記録したきわめて貴重な歴史的資料とみなすこともできます.今はもう過去の機体となってしまった H-II や M-V の打上げシーン,日本の宇宙開発に暗い影を落とした打上げ失敗の現場,なかなか情報の入ってこない海外の射場の情報,そういったものが,関係者の何気ない雑談からそこに流れる空気まで克明に描かれています.書籍を手に取るとわかるのですが,それぞれの打上げにとんでもない量のページ数が割かれているのです.あらためて読み返してみますと,H-IIA 初打上げ,相次ぐ失敗,3 機関統合,そういったそれぞれの時代の空気を確かに感じることができるのです.第 3 巻を読了後に感じたあの漠とした不安,暗い心持は,今の宇宙開発に流れる空気そのものなのかも知れません.

今回受賞対象となった第 3 巻で特筆すべきは,やはりはやぶさタッチダウン取材でしょう.あの当時,運用現場で何が起こっているのかという情報は文字通り世界中が切望していたし,松浦さんの L/D のおかげで,これまでの衛星運用では想像すらできないような大量の現場の情報がリアルタイムで発信されていました.しかし本書はさらにその隙間を埋めるような地道な記録によって,大変な臨場感をもってあのタッチダウン追体験させてくれます.「はやぶさ」以前と以後で,我々一般市民も,マスコミも,そして JAXA 自身も,確実に何かが変わった.その変革の渦中そのものを,前例のない丁寧な取材で淡々と記録した本書にあらためて敬意を表したいと思います.