「月をめざした二人の科学者―アポロとスプートニクの軌跡」

更新が遅くなってすみません.かぐや打上げを皮切りに第 2 次月探査レースが勃発している今日この頃ですが,では第 1 次はどんな感じだったのか.米ソの宇宙開発の黎明期を概観するのに最適の一冊です.

以下,ネタバレ含みます.


執筆はあの的川先生.日本の宇宙開発を率いてきた才能豊かな研究者でありながら,なおかつ宇宙科学の広報・啓蒙と宇宙教育に心血を注いでこられた類稀な人物です.本書も,きわめて正確に事実を追いながらも,その筆致には「二人の科学者」と彼らを支えた人々への敬意,そして的川先生自身の宇宙開発に対する厳しくも熱い眼差しが感じられます.

とかく宇宙開発史の本というと細かいエピソードを並べ立てた大部の書物が多いなかで,この本は実にコンパクトで読みやすく,それでいて大抵の事項はすべて網羅されている,まるで宇宙機みたいに最適化された本でもあります.資料としても密度が濃く,よくここまで徹底して調べ上げたと思うほど.米ソの宇宙開発史をはじめて学ぶ人が最初に読むのにはうってつけであり,実際管理人もこの本によって二人の天才の足跡をはじめて辿ったのです.

ウェルナー・フォン・ブラウンセルゲイ・コロリョフ.きわめて対照的な,しかし同じものを志していた 2 人を本書はその生い立ちから詳しく綴っています.特にソ連崩壊後に明るみに出た資料からの情報も多く,珍しい話の宝庫でもあります.第 2 次世界大戦と兵器 V-2,その後のペーネミュンデチームの分断,そして始まった熾烈な宇宙開発競争,ドロドロした政治的駆け引き,たくさんの凄惨な死亡事故….淡々と描かれるそれらを読んでいると,輝かしさに隠れて見えなかった宇宙開発のもう一つの側面が見えてきます.いかに宇宙開発の歴史が血塗られたものであったのか,人間一人を宇宙に送るためにどれほどたくさんの人員と金が投入され,命が犠牲になったたのか.そんな狂気の沙汰の世界を否応なしに突きつけてきます.正直読んでいると沈痛な気分になってくる箇所もかなり多いのです.しかしそれでもなお宇宙を目指した 2 人の科学者の何かに衝き動かされたような強靭な意志となにか「業」のようなものを,見事に描ききっています.「その頃の私は,宇宙旅行の実現に向かって大きく前進できるならば,悪魔に心を渡してもよいとさえ思っていたのです.」著者がフォン・ブラウンに直接長年の疑問をぶつけたとき,返ってきた答えです.これほどの覚悟を支えたものは何だったのか.現在の宇宙開発の背後にはこれだけの重い過去があること,そしてそれでもなお我々が宇宙を目指すのはなぜかということを,我々は常に心に留め自問していくべきなんだろうな.