「月世界探険 (タンタンの冒険旅行)」

遅くなってすいません.今回も月探査の話を取り上げます.タンタンというと絵本のキャラクターとして有名ですが,そのタンタンは実は月旅行に行っているのです.しかも絵本が描かれたのは 1954 年.アポロどころか,人類が未だ人工衛星すら打ち上げていない時代.なのにこのリアルな描写,すごいです.

月世界探険 (タンタンの冒険)

月世界探険 (タンタンの冒険)

Explorers on the Moon (The Adventures of Tintin: Original Classic)

Explorers on the Moon (The Adventures of Tintin: Original Classic)


以下,ネタバレ含みます.


そもそも当時,人間が宇宙に行ったらどうなるのか,月への飛行はどのようなものになるのか,月世界はどんな所なのか,普通の人間はおよそ想像すらつかなかったことでしょう.スプートニク以後,ガガーリンの初飛行の時ですら,人間は宇宙に行ったら発狂するのではとか,物が食べられなくなるのではとか,まことしやかに言われていたくらいです.一部の科学者達をのぞいて,大方の人間の月旅行に関する認識は,ジュール・ヴェルヌの頃とたいして変わらなかったのではないでしょうか.

しかし本書は,現代の一般人が読んでもあまり違和感がないほどのリアリティで進行していきます.

によると,作者の Herge は当時の知識に基づいて可能な限り「科学的な正確性」を追求したようです.

月ロケットは表紙にも出ていますが,どうみても V-2 です本当にありがとうございました状態です.打上げ時,搭乗員は加速度負荷を軽減するためか特殊なベッドにうつぶせになりますが,このあたりもよく考えられてますね.しかし結局 G でタンタン達は気絶してしまうのですが.

打ち上げられたロケットはそのままダイレクトに月遷移軌道に乗ります.実はこのあたりは割りと荒唐無稽なことになっています.多段式ではなく完全に往還型のロケットで,しかも旅程の半分まで等加速度運動して船内重力を 1G に保ち,ついでスラスタを噴かして船体をひっくり返し,また 1G を保ちつつ減速して月に軟着陸するというとんでもないミッションです(ちなみに原子力エンジンですがいくらなんでも 1G は無理).ただ途中で登場人物がうっかりエンジンを切って急に無重量状態になってしまうくだりがあるのですが,液体が玉状になるなど,今の人間には当たり前ですが当時としてはかなりのリアリティです.

飛行中に小惑星 Adonis とニアミスしそうになります(この小惑星は実在しますが,こんな所は飛んでいません).小惑星イトカワ程度の大きさですが,誰も見たことがない当時としてはうまく描いています.さらに主人公達がハードシェルスーツで EVA を行ううちに一人が Adonis の重力に引き寄せられていったりするのですが,これはちょっと重力を大きく見積もりすぎですね.でも宇宙服のデザインなんてかなりイイ線いってますね.

ロケットは逆噴射しつつ,ついに月面に到達し,タンタンは最初の一歩を記します.影が長く,地球も低いので,高緯度に降りたようです.月面の景色(空がちゃんと暗い,影の部分がまっくらになる,地表はレゴリスが積もっている等)や 1/6 の低重力下でのムーンウォークなど,見てきたかのようです.彼らは月面車も持ってきました.まるっきり戦車なのですが,まあ不整地走破性能はよさそうです.

物語の後半はなにやらきな臭い事件がおきたり,「冷たい方程式」モノになったりして,わりと衝撃的なラストが待っているのですが,ストーリーも最後までハラハラドキドキの連続で,飽きさせません.ともかく決して子供だましではなく当時の知識を総動員したつくりになっているのは素直に感動しますね.

英語版のほうは Amazon で試し読みできます.ちなみに,ロケットの打上げまでを描いた前編「めざすは月」もありますが,こちらは読んだことがないので割愛します.

めざすは月 (タンタンの冒険)

めざすは月 (タンタンの冒険)

Destination Moon (The Adventures of Tintin: Original Classic)

Destination Moon (The Adventures of Tintin: Original Classic)