「2010年宇宙の旅」

有名な「2001 年宇宙の旅」の続編.「2001 年」ではなくこちらを取り上げた理由は,こちらのほうが宇宙工学的に面白い話題が多いからです(笑).

以下,ネタバレ含みます.


「2001 年」は原作と映画版とで設定が多少違っているのですが,この「2010 年」は映画版をもとにした続編ということのようです.行方不明となったディスカバリー号を調査するために,モノリスの調査隊の一員であったフロイト博士や HAL9000 の生みの親チャンドラ博士などが米ソ共同の調査団を組み,宇宙船レオーノフ号で木星に向かうというストーリー.

作中では木星大気を利用したエアロブレーキが行われたり(本作の発表は日本の技術試験衛星「ひてん」が 1991 年に世界初のエアロブレーキに成功する 9 年前のことであり,エアロブレーキの実現可能性は当時まだ実証されていませんでした),エウロパの水を使って推進剤にしようとしたり,発見されたディスカバリー号の遠心区画の角運動量が摩擦によって船体のほかの部分に伝わったおかげで,船体がバトンのように回転してたり,そこにランデブーして内部に入り,遠心区画を復活させて姿勢を安定させたり,木星系から緊急脱出するためにディスカバリー号をブースター代わりにしたりと,宇宙工学的にわくわくするようなネタが多数仕込まれているのがポイントですw.もちろん,ボイジャー,パイオニアの最新の探査結果やカール・セーガンの一連の著作などに触発されたと思われる木星系の記述についても,さすがクラーク,まるで見てきたかのような描写です.

それにしても,調査団が米ソ共同であって(作中ではいまだ緊張関係は続いているようですが)船内では英語とロシア語が飛び交っていたり,突然中国の宇宙船チェン号がレオーノフ号を追い越して木星に先んじ,エウロパの領土権を主張したり,まるで現在の米ロプラス中国という有人技術の潮流を予言しているかのようですね.ちなみにチェン号の名は中国のロケットの父ともいえる銭学森氏から取ったようです(レオーノフ号は言わずもがなですね).

個人的には「2001 年」よりこちらのほうが好みですね.前作が哲学的で難解だったのに対し,本作はより SF 小説としての面白さを追求している気がしますし,wktk要素と感動要素のバランスも絶妙で,特に映画版を見た方にはニヤリとする場面やジーンとくる場面がかなりあります.チャンドラ博士と HAL9000 の再会のシーン,そして再び訪れる別れのシーンはやはり大変に心を打つものがあります.野尻さんもかかれてたことですが,これまでに宇宙に衛星や探査機を送り出した人達ならきっと,同じことを思うに違いありません.

誰であれ主人公がはやぶさと再会したら、『2010年』でHALと再会したチャンドラ博士と同じことをするにちがいなくて、それはどうしても二番煎じに見えてしまうことでしょう(^^)。

野尻ボード

余談になりますが,一度宇宙に送り出した衛星との再会エピソードとしては,SFU を手掛けられた三菱電機の河内さんの文章が素晴らしいですね.