「コンタクト」

ペルセウス座流星群の夜だからというわけでもないですが,本日取り上げるのは,あのカール・セーガンが書いた小説「コンタクト」です.ロバート・ゼメキスによる映画版も取り上げます.

コンタクト〈上〉 (新潮文庫)

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コンタクト〈下〉 (新潮文庫)

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コンタクト 特別版 [DVD]

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実はこの作品,宇宙好きの人間のあいだでもけっこう賛否両論なんですよね.しかし管理人としては大好きな作品の一つです.

以下,ネタバレ含みます.


カール・セーガンといえば,パイオニア計画やボイジャー計画の中心人物であり,米国惑星協会の創設者であり,SETI の開拓者.惑星探査を語るうえで欠かせない人物.そのセーガンが書いた SF ということで,もちろん記述の正しさは折り紙つき,加えてセーガンの SETI にかける情熱がびんびん伝わってきます.

主人公エリーは気鋭の電波天文学者ですが,モデルは SETI 研究所のジル・ターターだそうです.もちろんセーガン自身の姿も投影されているのでしょう.主人公や周囲の人物の描き方からは,宇宙を見つめる科学者ならではの情熱,言動,あるいは生態といったものが垣間見られて非常に楽しい.実際の SETI 研究所や,あるいは JPLESAISAS にも,こういった感じの人,多いんだろうなあ.

映画版の評価が割れるのは,恐らく科学 vs. 信仰というあまり日本では見られない問題設定に違和感を感じる人が多いからかも知れないですね.そういう方は原作を読まれるともう少ししっくり来るかと思います.映画版はかなりこの二項対立をメインに据えていて,しかも「アメリカの」信仰(特にキリスト教)に偏っているという気がします.政治問題もコンソーシアムの活動も搭乗者の選抜もすべてアメリカベースになっています.そもそも進化論を教える教えないで大騒ぎになるような国でセーガンも随分苦労したみたいですから,そのアメリカで物語が進むのならああいう論争が本当に起きるんだろうなあとは思いますが,これがヨーロッパならまた違ったでしょう.原作はもっとバランスのよい視点で書かれており,搭乗者も世界各国から選ばれた 5 名だし,政治的駆け引きも様々な国の情勢が加味されます.そして宗教に関してもキリスト教以外の宗教・思想が当然のように登場するだけでなく,科学 vs. 信仰という単純な二項対立を一段階超えた止揚的な描かれ方になっているように思えます.

あるいは逆に,原作がいかにも科学者の書いたような,思索的に淡々と進む展開なのに対し,映画版は原作のエッセンスを保存しつつ,ハリウッド・エンターテインメントとして実に秀逸な仕上がりになっているともいえます.ストーリーの巧みさでいえば明らかに映画版のほうが上です.原作にはなかったラブロマンス要素や盛り上がりのシーンは邪魔に感じる人も多いでしょうが(実際管理人も,あの色恋沙汰はちょっと疑問ですが),これらがなかったら退屈で軸がぶれた映画になっていたでしょう.重厚な原作からキーエピソードを抜き出し,テーマを絞り,泣ける要素やハラハラドキドキの要素を加えて 2 時間半にまとめ,その筋の人もそうでない人も感動できる仕上がりにし,それでいてセーガンのメッセージをここまで保存できるなんて芸当は,並みの監督にはできません.さすがゼメキス監督,見事です.もちろんあちこち無理もあるのですが,実にうまくまとめていると管理人は思うのです.

映画版でさらに注目すべきは冒頭数分間のシーンですかね(YouTube で "Contact Intro" で検索するといくつか出てきます).視点がゆっくりと自転する地球を離れ,次第に火星,木星土星をかすめ,太陽系を飛び出して恒星間空間を疾走し,やがて銀河系を俯瞰し…という構成は,明らかにあの素晴らしい科学映画 "Powers of Ten" へのオマージュです.本作ではさらに,遠ざかるにつれて次第に時代を遡っていく TV 音声が付随することで,伏線としての機能も果たしています.初めて映画を見る人は「???」となると思いますが,人物も台詞も日常的な風景も一切登場しないこんな壮大で一見わけのわからない映像を数分間も流すところに,ただのエンターテインメントムービーで終わらせないという,ゼメキスの強い意志が感じられるような気がしますね.それにしても美しい映像です.まさに No Words.かつて映画館でこの映画を見たとき,この冒頭数分で元は取れたと確信しました.他にも本作は巨大なパラボラ群,プエルトリコ雄大な景色,野次馬が集まるケープカナベラルとマシーン(ここはアポロの打上げのオマージュかも知れません),星の降るペンサコラの浜辺など,映像美はなかなかのものです.

ちなみに映画版のエンドクレジットを眺めていたら Ann Druyan as Herself と書いてあって驚きました.セーガンの奥さんで,本作やボイジャーのレコードにも積極的に関わっていた方ですね.うーん,一体どこにカメオ出演していたんだろう? と思ってぐぐったらありました.劇中の CNN の Crossfire という討論番組(実在するものだそうです)でカルトの教祖と討論しているそうです.

ところで今 Amazon で見てみたら,原作も映画もどっちも絶版なんですね.同じくセーガンの「コスモス」もだけど,実に惜しいなあ….あと,ハデン財団みたいなものわかりがよくて技術にも明るいスポンサーが,宇宙研にもついてくれたら最高なんですがね(笑).

追記:以前モーニング誌に,林明輝氏の「宇宙人かよ!」というテンポ感が絶妙な読み切りが載っていて非常に面白かったのですが,結末はどう見ても「コンタクト」のパロディになってますね.同じくモーニング掲載作品では「プラネテス」に「コンタクト」へのオマージュがいくつかあるように思うのですが,これはまたいずれ書くことにします.