「パワーズ オブ テン―宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅」

科学映画史上の傑作「Powers of Ten」を書籍化したもの.

パワーズ オブ テン―宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅

パワーズ オブ テン―宇宙・人間・素粒子をめぐる大きさの旅

以下,ネタバレ含みます.


イームズといえば,建築やデザインの分野では非常に有名ですが(イームズチェアなどは今でも任期ですね),実は科学映画史に残る短編映画「Powers Of Ten」を作ったことでも知られています.本書はそれを書籍化したものです.

本書を読む前に,まずはオリジナルとなった短編映画をごらんになることを強くお勧めします.(たとえば以下の DVD に収録されています.YouTube などでは上げては消されの繰り返しみたいですね.モノクロの別テイクなどもあるようですが,やはりカラー版がおすすめです)

EAMES FILMS:チャールズ&レイ・イームズの映像世界 [DVD]

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ピクニックを楽しむ男女を真上から見下ろした光景から映画は始まります.カメラのズームアウトが開始されます.男女の姿は次第に画面中央に小さくなっていき,次第にミシガン湖畔が視野に入ってきます.さらにズームアウト.ミシガン湖全体が,北米大陸が,続いて地球全体が一望できるようになります.地球は遠ざかって小さな点になり,月軌道が,太陽が見え,気がつけば太陽系全体が小さくなっていきます.近隣の恒星が視野に入り始め,ついには銀河系を飛び出したくさんの銀河団が遠ざかったところで一転,こんどは逆にズームアップ.元来た道をたどって銀河系へ,太陽系へ,地球へ,そしてピクニックの男女が見えてくるとカメラはそこで止まらず,画面中央にあった男性の手の表面をどんどん拡大していきます.皮膚内部のリンパ球が大写しになり,細胞内の DNA,その中の炭素分子,その内部の素粒子までたどりつきます.このズームイン,ズームアウトは 10 秒ごとに 10 倍(あるいは 10 分の 1 倍)となっており,1025mから 10-16m までの世界を一気に体験するというコンセプトになっています(powers of ten とは「10 のべき乗」のことです).この斬新なコンセプトにもろに影響を受けた作品は,コンタクトから王立科学博物館まで枚挙に暇がありません.CG のない時代にいったいどうやったんだと突っ込みたくなるような映像技術も一見の価値ありです.

映画のほうがスケール軸を縦方向に旅しているのに対し,本書は各スケールにおける横方向への志向性を持っています.すなわち,見開きページで構成されるそれぞれのスケールにおいて,右ページは映画からキャプチャされた美しい画像,左ページはそのスケールにおける代表的な事物や現象を,宇宙物理学から分子生物学まであらゆる科学的知識を総動員しつつ,きわめてビジュアルなかたちで列挙しています.最新の知見に負けず劣らず,科学史上のさまざまな史料もあわせて載っているのは特筆すべきことです.あるスケールの世界に対する人類の認識が,科学の発展のともにどのように変遷していったのかがよくわかります.もちろん今もその変遷は進行中であり,1982 年初版の本書には記述が古くなっている部分もあるにはあります.しかし 10 のべき乗を旅するというその卓越したコンセプトは古くなることはありません.

映画と違って,好きなページを開きそのスケールの世界を堪能するといった楽しみ方ができるのはいいですね.さすがデザイン事務所,たくさんの美しい図版を眺めているだけで飽きません.手元に置いておくと人生が豊かになりそうな一冊.