「上がれ! 空き缶衛星」

学生による宇宙開発の原点となった CanSat プロジェクト.日本初の試みに果敢に挑戦した東大と東工大の学生さんたちを,川島レイさんが 1 年間にわたって密着取材した熱いドキュメンタリーです.

上がれ! 空き缶衛星

上がれ! 空き缶衛星

以下,ネタバレ含みます.


2007 年現在,宇宙では東大や東工大,道工大の何機もの超小型衛星が地球を周回し,日大や香川大,東京産業技術高専の超小型衛星も打上げに向けて最終段階を迎えています.秋田大や東海大,筑波大,北大などでは学生がロケットを製作し,学生による宇宙開発を支援する NPO である UNISEC も日に日に活動を拡大しています.いまや,学生が宇宙を目指す光景はどこの大学でもありふれたものとなりました.しかし 10 年前にはそんなことさえ夢のまた夢だったのであり,衛星設計コンテストはあっても実際に衛星を作った大学はひとつもありませんでした.そんななか,学生による宇宙開発の嚆矢となり,その後に続く道を切り拓いたのが,東大の中須賀研究室,東工大の松永研究室とそこの学生さんたちでした.

いくら航空宇宙学科の学生とはいえ,彼らは当初は機械加工の仕方もはんだごての使い方も知らず,機材も何もないところからの出発でした.最初は彼らはおそらく読者の多くと同じところに立っていたはずです.それが,酒を飲み交わしながら議論を続け,試行錯誤しながら何度も構体を作り直し,NASDA宇宙研の専門家から厳しいアドバイスを受けていくうちに,いつの間にかしっかりしたプロジェクトとなり,学生さんたちは技術者の顔になっていく…小さな缶サットとはいえ,その製作は紛れもない宇宙開発であり,プロジェクトマネジメントの素養が要求されます.ページをめくるごとに彼らの苦労を追体験しつつ,1 年後,砂漠での打上げの瞬間の記述には峻烈な感動をおぼえます.また東大と東工大のカラーの違いもさることながら,両者間のライバル意識と協調関係が絶妙ですね.CanSat に挑むのがもしどちらか一校だったら,果たしてここまで来たでしょうか?

CanSat 以前と以後の状況をながめると,本書は一つのことに賭ける学生たちを描いた単なる熱い青春物語ではなく,日本の学生主体の宇宙開発のまさに黎明期を鋭く追った白眉のドキュメンタリーであることがわかります.本書で描かれた現場の空気は確実にその後の UNISEC をかたちづくっているのだと思います.それだけではなく,エピローグにもあるように当時のメンバーの多くが NASDA宇宙研,衛星メーカに就職して,現在の日本の宇宙開発をまさに牽引していく中心となっているのです.この小さな CanSat プロジェクトの心意気はそこにもきっと受け継がれていることでしょう.ただし,当時は学生だったからこそできた,本書にあるような不眠不休の壮絶な激務(幻聴まで聴こえたらしい!)もそのまま受け継がれているかも知れないと思うと,正直ちょっと体が心配ですね(笑).