沈黙のフライバイ

前エントリで語ったついでに表題作「沈黙のフライバイ」

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

沈黙のフライバイ (ハヤカワ文庫JA)

についても触れます.前エントリでは「轍の先にあるもの」をあれだけ熱く語っておきながら,実は作品として最もガツンとやられたのは「沈黙のフライバイ」のほうです.ぞくぞくするようなセンスオブワンダー.思いっきりツボです.これはすごい作品にあたってしまった.

以下,ネタバレ含みます.未読の方は注意.


登場する JAXA の野嶋のモデルは野田篤司さんであり,作中のいくつかのアイディアは野田さんによるものです*1.たとえば,サーモンエッグ計画のもとはこれです.

探査機をばら撒こうという話ははやぶさスレなどでも定期的に出ますが,今回は 1g の探査機を百万個というあたりがマッドで素晴らしい.まあ 1kg の探査機を 100 個,太陽系内の惑星に,くらいの話だったら現在の技術レベルでもできると思いますし,実際この先こういうアプローチは増えていくでしょう.小さくて安価なものをばら撒くというのは,本質的に宇宙開発に適した戦略だと思います.

IPS については野田さんのページに記述はありません.作品の付記に,野尻さんの掲示板が初出である旨がありましたが,野尻ボードの過去ログには当時のものは保管されていませんでした.しかし Internet Archive を漁ってみたところ,記事が見つかりました*2

実は、恒星間飛行用のナビゲーションシステムを思い付いたのですよ。

これが,IPS のアイディアが生まれた瞬間です.うおお.わくわくします.

さらに最近になって野田さんが詳細な解説を出されました(論文にはなっていないのか…もったいない…).

なるほど.非常にわかりやすいです.…といっても難しいですが.えーと,ドップラーシフトの変化率(はやぶさ文脈とかでいういわゆるレンジレートというやつなのかな)が最大になるのを検知するのか.ふむ,遠くの救急車のサイレンの音が急に下がったのを聞いて,「あ,今通り過ぎた」とわかるのと一緒ですかね??これで探査機の位置はある平面内に絞られる.IPS を周回させている惑星が 2 つあれば,さらに 2 平面の交線内に絞られる(2 惑星間のベースライン長によって誤差が違ってくるだろうけど).IPS 衛星を 3 つにすれば,3 平面の交点が出て 3 次元位置が定まるということか??あれ,しかしレンジ計測で距離がわかるから(GPS と同様,探査機の時刻のオフセットを消すためにはもうひとつ IPS 衛星を用意する必要があるが),併せてそれを使ってもいけるのかな?それとも等価な話か?うーむ.なんとなくわかったようなわからないような気がします.時間があればちゃんと数式を立てて考えてみたいのですが….

ところで姿勢はどうやってわかるのだろう?射出時のちょっとした回転がずっと保存されてくるくると回りながら飛んでったりしないのだろうか?とか思ったが,鮭の卵計画のページに

超々小型探査機は、最初の加速の影響などで、姿勢回転の可能性があるが、超々小型探査機の四方に伸びたソーラーセールがスタビライザーの役目をし、αケンタウリからの光輻射を受けて、受動的に安定し、ここまでに、太陽電池をαケンタウリに正対した姿勢で安定している。

とありました.なるほど.よくできているなあ.光速の 13% の速度で飛びながらよく写真が撮れるなあとも思ったけど,これも

生き残った超々小型探査機の受信機は、互いの通信電波以外にも色々と電波を受信する。一つはαケンタウリの出す電波であり、また、(仮に存在するならば) αケンタウリの恒星系に存在する惑星から放射される微弱なマイクロ波でる。さらに地球方向から位置決定及び時間などの情報の乗った電波が届く。各超々小型探査機が受ける電波は極僅かだが、これを、全ての超々小型探査機が受け取った電波の位相を計算する事で、各信号元の方向の精密な推定ができる。これは VLBIと同じ原理である。

どちらにしても前述のマイクロ波放射を測定する。適度にばらまかれた超々小型探査機の位相干渉を使う事で、指向性はかなり鋭い。長距離からの観測でも惑星の簡単な画像くらいは得られるだろう。

で解決か.うーん完璧ですね.

それから掩蔽観測の話も素人にとっては非常に興味深かったのですが,原理はこのあたりに詳しいようです.

なお,本作品は SF オンライン誌が初出で,昔は試し読みが出来たらしいのですが,そのファイルが Internet Archive に残っていました.

なんだか弥生がロケットガールなノリで楽しい.ただ個人的には文庫に収まった今の版のほうが好みかな.


それにしてもこの本を読んでいると,野田さんや中須賀先生(「大風呂敷と蜘蛛の糸」の中喜多教授のモデル)に実際に一度お会いしてみたくなりますね(笑).あと個人的には,やっぱり待っているよりもこっちから鮭の卵を飛ばしてみたいものです.

*1:ちなみに瑞樹弥生さんの名前のモデルは水城徹さん(♂)らしいです.

*2:なぜ過去ログが公開されていないのかは存じ上げませんが,ここでアーカイブを公開することにもしも問題があるようでしたらお知らせ下さい.