「第六大陸」

かぐや月間(?)ということで,月関連第 3 弾.ちょうど中国の有人月面基地の話も出ましたので,今回は気鋭の作家・小川一水氏によるハード SF です.

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈1〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

第六大陸〈2〉 (ハヤカワ文庫JA)

以下,ネタバレ含みます.


民間企業による月面基地建設――かつてバブル景気だった頃にはそんな夢を語る企業もけっこう実際にありましたね.それはやはり夢物語だったのだろうか? いや,技術的には現在でも十分いけるのではないか? そのためにはどのような技術が必要か? ロケットは? 資材は? 何より一企業の事業である以上,確実な財源と採算が見込めるだろうか? …このような徹底した思考実験,それが本書に他なりません.

事前調査を行い,図面を引き,資材と重機を搬入し,土地を造成し,施工し…という基地建設の手順さながらに物語は進行します.明快なブループリントを保持しつつ,実直にディテールをボトムアップで積み上げていくうちに,最初は荒唐無稽にも思われたロジックの隅々が補強され,堅牢な作品世界が出来上がっていくのです.

舞台設定は 20〜30 年後ということで,技術レベルは基本的に現在から十分に外挿できるもの.いや,ほとんど現在の技術でできるといっても過言ではありません.つまり技術的には,この物語は十分に実現しうるのです.あとは後鳥羽建設のような志を持った大企業とエデン社のようなモノのわかったパトロンさえあれば….まあ,そこが一番難しいんでしょうけどね.結局は金次第….

作者の小川氏はジュヴナイル SF 出身のせいか,キャラクターやサイドストーリーに関してはそれなんてラノベ?的な部分が見受けられ,人によっては好みが分かれるかも知れませんね(笑).しかしメインのストーリーはあくまでも骨太.読後の満腹感はひとしおです.実は最後の最後に大風呂敷が鮮やかに広がるのですが,個人的にはこういうのはそんなに嫌いではありません.

個人的に印象に残ったのは,やはり秦研究員のエピソードですね.エンジニアにはどうしても感情移入してしまうだけに,正直あの展開は堪えました….口絵の幸村誠氏のイラストも一瞬の表情を切り取って見事でした.

なお,あとがきでお名前が挙がっている松本信二氏は清水建設の宇宙開発室におられた方で,清水建設は今でも宇宙建築の研究を続けているようです.大変だとは思いますが,民間企業にこのようなセクションがあること自体,大変意義があることです.ぜひ,絶やさないでいただきたいと思います.JAXA などで使われている人工の月の砂(月土壌シミュラント,FJS-1)は清水建設が開発したものだそうです.