「これ、本番ですか。―秋山豊寛(TBS宇宙特派員)交信録」

1990 年 12 月,日本人として初めて,そしてジャーナリストとして世界で初めて宇宙に行った TBS の秋山豊寛氏.そのミッション中の全交信を収録した貴重な書.

これ、本番ですか。―秋山豊寛(TBS宇宙特派員)交信録

これ、本番ですか。―秋山豊寛(TBS宇宙特派員)交信録

以下,ネタバレ含みます.


宇宙からの第一声が「これ,本番ですか」.期せずして出た言葉とは思いますが,いかにもテレビ畑の人らしいですね.この時の交信にはじまり,ソユーズで周回中,あるいはミールにドッキング後の全交信,そして帰還直後のにわか記者会見を含めた全記録がここにあります.

地上側で交信を受ける側の顔ぶれは実に多彩です.ツープの管制センターに詰めている鈴木順アナ(野尻ボードにも時々おられますね)はもちろん,東京スタジオには TBS の有名アナが入れ替わり立ち代わり.TBS ラジオでは普段の番組内で交信が生放送されたため,若山弦蔵岸谷五朗恵俊彰吉田照美そのまんま東サンプラザ中野島田洋七などのパーソナリティーSMAP(木村,稲垣,中居.まだ 10 代!),そしてツープにまで行ってしまわれた立花隆氏! 前回の書評で紹介したように,このミッションでは宇宙研の黒谷先生のカエルも一緒に連れて行ったため,まだ助教授の的川先生も出演しています.

放送用に用意された真面目なメッセージや宇宙から見た地球の印象,子供達からの質問に対する回答などはもちろんですが,文字通り全交信記録ですので,雑談やうまく聞き取れなかった部分まで含めて文字に起こしてあります.秋山氏は前半かなり宇宙酔いに苦しめられたようで,その話題が多いですね.そもそもラジオでの生放送ですからパーソナリティーも変な質問をどんどん出すんですね.おかげで俳句は詠むわ,歌は歌うわ,オヤジギャグは飛ばすわ,シモネタは連発するわ,もう何でもありです(笑).

この何でもあり感は,その後の NASDA の宇宙飛行士のミッションとは随分違う印象を受けますね.当時この TBS の宇宙プロジェクトも,2 年後の NASDA 毛利氏の「ふわっと '92」もテレビで見ましたが,非常に対照的なものでした.近所のオジサンや会社の上司みたいなどこにでもいそうな普通の中年男性が,まるで飲み屋の会話みたいなトークを飛ばしている… NASDA のエリート宇宙飛行士の皆さんの知的な会話も良いのですが,この親近感あふれるgdgdトークもなかなかです.これはバラエティ番組などでの配信が多かったこともあるでしょうが,報道官制が NASA に比べてわりとゆるめな旧ソ連側の雰囲気も大きかったのではないでしょうか?

口絵写真もふんだんにあります.帰還したミールから引っ張り上げられ,笑顔で手を振る秋山氏のショットを筆頭に,「SONY」「ユニチャーム」「大塚製薬」などの文字で飾られたソユーズ・R-7 の打上げ,宇宙研のカエルの遊泳シーン,焼け焦げた帰還カプセルに記された秋山氏ら 3 人のサインなど.特にごちゃごちゃと生活感溢れるミール船内のスナップは,ミール亡き今となっては実に興味深い.ISSスペースシャトルとはずいぶん違う雰囲気ですよ.

初版発行は 1991 年 1 月 19 日.秋山氏が帰還したのは 12 月 10 日ですからわずか 1 ヶ月強での超スピード出版,まだ世間に宇宙プロジェクトの余韻が残っている時期の発行でした.この手の書籍の宿命か,Amazon ではとっくに品切れのようです.大変貴重な記録なだけに非常に残念です.それまでは NASA の宇宙飛行士の発言の翻訳を通してしか,我々は無重力体験や宇宙から見た地球の印象を知り得なかった.秋山氏の発言によって初めて,日本語で(しかもかなりの本音トークで)語られた宇宙の印象をリアルに追体験することができたわけです.これは大変な意義があると思っています.


ちなみに,当時の放送の多くが現在ニコニコ動画に上がっています.「宇宙 秋山」等などで検索してみてください.かなりしっかり番組が作られていることも印象的ですし,ミール船内の映像も興味深いですが,何より驚くのが「え?こんなところまでカメラ寄っていいの!?」と思ってしまうくらい,打上げ前後のクルーに報道陣が肉迫していること.帰還したばかりのソユーズカプセルに報道陣が詰め寄っています.こんなの NASA ではありえませんw

さらに興味をもたれた方は,鈴木順アナが撮ったバイコヌールの膨大な量の写真集もぜひ.1990 年 12 月,宇宙プロジェクトのさなかに撮影された写真と,2006 年 9 月再訪時の写真とがあり,ソ連崩壊を挟んだ 16 年の歳月を味わってみるのも面白いかも知れません.ロシア宇宙開発に興味がある人にもお勧めです.